No.31
頭を空っぽにしてみませんか?
平成17年12月14日

みなさん、こんにちは。春名芙蓉です。
ずいぶんと寒くなってきましたが、風邪などを召しておられませんか?
私はとても元気に、充実した毎日をおくらせていただいております。風邪一つひいてもどれほど苦しいかと思えば、「今日も元気でおれることが本当に奇跡だ、ありがたいことだなあ」と感謝の気持を積み重ねております。

私の住む山里も、一面の銀世界になりました。真っ白な雪を眺めながら、過ぎ去った年月を振り返り、私よりも先に魂の世界に旅立った方々を偲ぶとき、私は、今こうして生きていることがとても不思議に思います。本当に素晴らしい人生を歩ませていただけたという喜びが、心の底からあふれてきました。「ああ、こんな素晴らしい人生を歩ませていただけるとは、若いころには思いもつかなかった」と、胸がふるえるほど嬉しくなります。

私はますます、深く、深く感動できるようになってきましたが、そんな心境をみなさんにもお伝えしたいと思います。みなさんは、例えば、新幹線に乗っておられると、どんな素晴らしい景色があっても、一瞬のうちにその景色を通り過ごしてしまうでしょう。そのように、「毎日大切なことがいっぱいあるのに、それを見過ごして生きている」といったことはありませんか。もちろん、新幹線のような速さだったら景色を細やかに見ることはできませんが、私は、人生の景色を通り過ごしてしまうのはもったいないと思います。そこで目に留まったことの何か一つ、雲の動きにでも、田畑の緑の色にでも、四季折々のいろんなことを深く感じられる、そのような心を育てて、「毎日を流さないで生きてほしいなあ」と思います。

誰もが、朝起きて、顔を洗って、食事をして、お勤めに出てと、ただ毎日することに意識を奪われて流されていませんか。でも、歯を磨いていても、食事をしていても、「ああ、ありがたい」と、一つ一つに喜ぶ意識をもつことは難しいことではありません。お茶一つ飲んでも、「おいしいなあ」と思えたら、エネルギーをいただくことができるでしょう。せっかく美味しいものをいただいていても、食べながら何かを考えていて、味わっていない方が多いです。テレビをつけても、何かを考えていて、結局、見ていない場合もあるでしょう。かけるなら見たらいいんです。見て感じたらいいんです。

結局、頭が空になっていないから、だめなんでしょうね。テレビを見ていても、お茶を飲んでいても、いろんなことが意識に詰まって心が空っぽじゃないから、それを楽しめないし、感謝もできないわけです。私は空っぽになりすぎて、「危険だな」と思うときがあるくらい、苦になること、気になることが、心から消えています。空っぽだからこそ、いつもと同じ車の道中でも、瞬間、瞬間、そこの景色が、「何ときれいなんだろう」と感じられるんです。「どうして今日はこんなにきれいなんだろう」と感じ、通るたびに「きれいだねー」って新たに感動できるんですね。その感動が、私のエネルギーになっているんです。

みなさんは、「空っぽになってしまったら、困ることになる」と思われるでしょう。でも、そんなことはないんですよ。必要なことは、その時に思い出させていただけるんですね。私は、全てを信じているからでしょうね。若い頃から心臓が悪くて、命のない自分だったけれど、今日まで生かされてきました。「ありがたい、ありがたい」という思いで今日まできて、「自然に守られて生かされている」と完全に思い込ませていただいていますね。自分の力だけでは、生きられません。だから、自然に任せられるから、空っぽになれる。そうなったほうが、苦がないでしょう。苦がなくなることが大切なんです。自分の力で一生懸命にする人ほど、失敗しやすいんですね。やはり、力が入るからでしょう。人間に力が入ると、必要以上のエネルギーを使います。結局、自分の持っている以上のエネルギーを使うと、ストレスもたまり、ダウンしてしまいます。

私は、頭の中に何もないからエネルギーを使い減らさないし、負担も重荷も感じないから、体も元気だと思いますね。みなさんも、毎日の少しの時間でも、心を空っぽにして、しみじみと喜びをかみ締めるようにしてみてください。ご自分の人生の一こま一こまを、ゆとりをもって見つめられたときに、「今、この時代に命をいただいて、さまざまな人たちと心の触れ合いをし、そして苦しいことや嬉しいことを体験しながら成長させていただいてきたことが、どれほどありがたいことだろう」と思われるのではないでしょうか。そんな大きな視野から、「生かされていることのありがたさ」をかみ締めることができたとき、みなさんの心がまた成長できたということではないでしょうか。

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